
人の体の細胞数は約8兆個といわれますが、私たちの腸内にはそれを遙かに上回る数の細菌が共生しており、その種類は300種類を超えるといわれます。
これらの腸内細菌は、人間が食べたものをエサにして、私たちの腸内で独自の生態系「腸内フローラ」を作っています。
体によいといわれる腸内細菌、いわゆる善玉菌と呼ばれるビフィズス菌や乳酸菌がお腹の調子を整えることは、皆さんも経験的に知っていらっしゃることでしょう。ところが最近になって、腸内細菌はこうした一般的な常識を遥かに超え たレベルで私たちの心身にさまざまな影響を及ぼすことがわかってきました。
中でも、「腸は第2の脳」などといわれることもあるように、私たちの心に大きく関わっていることが明らかになってきました。逆に私たちの精神状態が腸内 環境を変化させることもわかってきたのです。
ストレスが腸内フローラの細菌構成を変化させることは、すでに1940年代 には動物実験で示されていました。
人間においては、怒りや不安、恐怖などの心理的ストレスにより腸内フローラが変動することが示されています。
古くはアメリカのNASAや旧ソ連において、強いストレス下での生活を余儀なくされる宇宙飛行士の腸内環境を調べた報告があり、また比較的新しい研究では、阪神淡路大震災前後での腸内環境を調べた報告があります。
人種の違いやストレスの種類の違いにより若干結果が異なるものの、ストレスはいわゆる悪玉菌を増加させ、善玉菌を減少させる方向に作用すると考えられて います。
さまざまな問題を起こしてしまう「SIBO」
「SIBO」とは、Small intestinal bacterial overgrowth の略で、日本語では 「小腸におけるバクテリアの異常増殖」といった意味になります。ここでいうバクテリアとは、通常は大腸には存在していてもおかしくないものの、小腸で繁殖 するとさまざまな問題を起こしてしまう細菌です。
イライラや怒りの感情が心理的ストレッサーとして生体に加わると、アドレナリンやコルチゾールなどの「ストレスホルモン」が分泌されることは先に説明しましたが、このアドレナリンが小腸でバクテリアを繁殖させる原因となってしまうことがわかっています。SIBOはさまざまな疾患の背景因子として注目され ています。
一方で、第3章で詳述する神経伝達物質の生成に、腸内環境が密接に関わって いることもわかってきました。セロトニンは、10%以上が腸で作られることが知られているほか、一部の乳酸菌がGABAの調節に関わり、いずれも情動に影響 を及ぼすことなどが明らかにされています。
このように、ストレスが腸内フローラの細菌構成に影響するだけでなく、逆に 腸内環境が神経系に影響するという双方向の関連性があり、腸内環境がいわゆる「脳腸相関」の主役を担っていることがわかっています。
これが「腸は第2の脳」といわれる理由のひとつですが、実は発生学的にいうと腸の方が先であり、腸の神経系が進化の過程で次第に発達して全身を統制する ようになったのが脳だと考えられています。こうしたことから、腸は第1の脳というべきだという興味深い意見もあります。
免疫系への影響もある
ストレスにより交感神経の過緊張状態が続くと、免疫細胞のうち「顆粒球」が増加し、相対的にリンパ球は減少します。顆粒球には細菌感染を防ぐ働きがありますが、増えすぎると微小循環障害を引き起こします。
また、顆粒球が役目を終える際に出す活性酸素がDNAの二重らせんを傷つけ ることがあります。一方で、リンパ球の減少、特にがん細胞を攻撃するNK細胞の減少は、直接的に免疫力の低下に繋がります。このようなことから、ストレスは、がんの発症にも密接に関わっていると考えられています。
さらに、アメリカのリディア・テモショックらによる「がん患者の心理」についての統計研究では、その性格的な特徴として「タイプC症候群」という考え方 が提唱されています。これは前述した怒りっぽく攻撃的な性格の「タイプA」の人とは対照的で、その特徴として、「怒りや不安などの感情を表に出さず、周囲からのストレスに対して、譲歩的・自己犠牲的な反応をすること」とされています。 以上のことから、がんの予防という観点からも、イライラや怒りなどの心理的ストレスへの対処がいかに重要か、おわかりいただけると思います。