
「マインドフルネス」を一言でいうと、「今この瞬間に意識を向けて、余分な思考や感情を入れずに現実をありのままの状態として認識する」技法あるいはそうした態度そのものです。もともとは慢性疼痛を訴える患者に対するストレス低減プログラム「マインドフルネスに基づくストレス低減法 (Mindfulness-based stress reduction /MBSR)」として、マサチューセッツ大学のジョン・カバットジン教授によって提唱されました。
その後、がんや心臓病その他多くの身体疾患に起因するストレスのほか、うつ病や不安障害などの精神疾患に対しても応用されるようになります。これが「マインドフルネス認知療法(Mindfulness-based cognitive therapy/MBCT)」です。
うつ病に対しては、まずは症状がいったん落ち着いた患者の再発予防プログラムとして大きな成果を上げたことで、現在では抗うつ薬や従来の認知行動療法などが無効な難治性うつ病といわれる病態に対しても適応が拡大されるようになりました。
その高い効果から、認知行動療法の「第3の波」ともいわれ、うつ病治療の最先端と目されていますが、実はこの先端的な精神心理療法のルーツを辿ると、何と約2500年前のブッダの教え(=ヴィパッサナー瞑想)に行き着くのです。 ブッダは、人々を苦しみから解放し心の平安に導くのはこれ(ヴィパッサナー瞑想)しかないと言いきったといわれます。
なぜ2500年も前の教えと最先端の心理療法が結びつくのか、不思議に思われるかも知れません。そのキーワードのひとつが「自己概念」です。
自己概念とは、自分の性格や能力、身体的特徴などに関して、自分とはこういう人間だ、というように、自分自身に対して抱いているイメージ(自己像)のことです。
自己概念は、生まれてからこれまでの人生経験の中で、自分自身に対する洞察や、周囲の人々の自分に対する言動、態度、評価などを通して形成されるもので、 程度の差こそあれ、人は自己概念により自分を支えているものです。
そして、その自己概念がネガティブであった場合にはもちろん、たとえポジティブなものであったとしても、それを自分自身で変えることはなかなか難しいのです。
認知行動療法に代表される精神心理療法は、多かれ少なかれこの自己概念を変容させることを目的としているのですが、ブッダの教えをルーツに持つマインドフルネスでは、そもそも自己概念は思考が生み出した産物であり、実体ではない、という大胆な考え方に立脚しています。
私たちは、本来一瞬たりとも同じではない「無常」の存在であり、変化し続けることこそが生命や自然の本質ともいえます。思考や解釈を入れずに、本来変わり続ける存在である私たちのある瞬間を捉えてそこにとどまる、こうした態度がマインドフルネスです。このような自己概念に対するマインドフルネスの考え方が、認知行動療法の第3の波といわれるゆえんです。
マインドフルネスとスピリット

スピリットの全体性(精神世界)についての理解を深めるうえでキーワードになるのが、「繋がり」です。
アメリカの心理学者、マーティン・セリグマンは、「人間は、自分がより大きな存在に属していると感じることが必要で、自分よりも大きな存在と繋がっている感覚が人をうつ病から救う」と述べ、このような大きな存在を「共通認識」と呼び、これは国、神、家族、そして私たちの生命を超えた大きな目標への信頼感であるといっています。日本語でも、大和魂などといった場合には、個を超えた精神性を指していますが、私はこのように個を超えた、より大きな存在との繋がりに関わっているのが「スピリット」だと思っています。
「マインドフルネス」は、このような個を超えた感覚の習得を目指すものでは決してありません。むしろ、徹底的に個の感覚に対して 客観的に意識を向け、気づいていく方法です。ただ、その練習過程において、例えば大自然との繋がりを感じられるような瞬間はあります。
しかし、マインドフルネスでは、そのような感覚もただ客観的にみつめます。 一方で「練丹」については、もともと道教の修行法であることから、「気」の感覚や自然との繋がりを重視する側面があります。 ただ、最初からこうした感覚を目指すのではなく、まずはマインドフルネスで、今ただ起こっていることを客観的にみつめることができるようになれば、練習があらぬ方向に進んでしまうことを避けられるでしょう。
>マインドフルネスとヴィパッサナー瞑想
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