
現代人が抱える多くのストレスが対人関係に起因していることは、皆さんも感覚的におわかりかと思いますが、対人関係に焦点を当て、その関係性や問題点を見直していくのが対人関係療法です。ですので、対人関係から生じるイライラや怒りなどに対しても非常に効果的な解決策を与えてくれるアプローチです。
まず、皆さんの人間関係のバランスを見直すことからスタートしてみましょう。 ここでは、家族や友人・知人、同僚、その他、自分に関わりのあるすべての人たちを、次の3つのグループにわけてみます。
第2層......友人、親戚、配偶者の親など(若干距離を置いて付き合っている人)
第3層......仕事関係者など (通常は距離を置いて付き合っている人)
1~3の順は、自分の心に与える影響力の大きさを表しています。 特に第1層に分類される人たちは「重要な他者」と呼ばれ、自分を精神的に支えてくれるかけがえのない存在です。
この「重要な他者」との関係がしっかりしていれば多少のストレスが押しかかっても跳ね返せますが、逆にここの関係がうまくいっていない場合には、それ自体が大きなストレスになる可能性があります。
ですので、まずはこの「重要な他者」との人間関係をしっかりさせることが大切です。次に大事なのが、この三者間のバランスを取るということです。これらのバランスを欠くことがストレスに結びついてしまいます。
例えば、いわゆる「仕事人間」の人の場合をそれぞれの層の大きさで表すと、 1、2層が極端に小さくて3層が大きいというアンバランスが問題になりますし、あるいは育児中の主婦の場合には、1層だけが大きくて2、3層が小さすぎるの が問題です。
こうしたアンバランスが原因となり、前者の場合には家庭不和や定年退職後の 熟年離婚、後者の場合には育児ノイローゼなどに繋がってしまうこともあります。
皆さんも一度、今の人間関係はバランスが取れているかどうか確認してみてください。そして自分にとって本当に大切なのは誰かを考え、その人にさえ本当に理解してもらえていればいいのだ、と割り切れるならば、イライラの仕方も変わってくるはずです。
役割期待の不一致

さて、対人関係療法では、人間関係によって生じるあらゆるストレスを「役割期待の不一致」として捉えます。
私たちは、あらゆる人に対して何らかの役割を期待しているもので、家族には 家族の役割を、上司には上司の役割を、というように、それぞれの立場に対する役割を期待するだけでなく、個々人に対しても、AさんにはAさんの役割を、BさんにはBさんの役割を期待しています。
さらには、電車で偶然隣り合わせた見知らぬ人に対しても「知らない人」という役割を期待しているため、いきなり馴れ馴れしく話しかけられたりすると不愉快に感じるわけです。このことは、「もの」や「状態」に対しても当てはまります。
ある状況が、「自分が期待している状態」からずれているときに、そしてそれが自分ではコントロールできない場合に、人はイライラや怒りを感じます。だと すれば、「自分が期待している状態」を見直すか、「自分ではコントロールできない」状況を改善することが、イライラや怒りを絶ちきることに繋がるはずです。
さらに対人関係療法は、「常に主体的であれ」というとても大切な視点を私たちに与えてくれます。ここからは、こうした対人関係療法独自の視点から具体的にイライラに対する対処法をみていきます。
さて、エスカレーターの片側歩行は、禁止すべきだという意見も出ていますが、 今のところ急ぐ人のために東京は右、大阪は左を空ける習慣が定着しています。
例えば大事な会議に間に合うよう急いでいるときに、歩行側で立ち止まっている人がいてイライラしたとします。こんなとき、あなたならどうするでしょうか。 この場合、「自分が期待している状態」は歩行側をさえぎる人がいないことで、それと現実が一致していないこと、さらに歩行側をさえぎっている人をコントロールできないからイライラする、というわけです。もしこのときに、「すみません」とこちらから声をかけて、その人が歩行側を空けてくれたならば、その状況をコントロールできたことになりイライラは収まりましょう。
しかし、離れていて声をかけられなかったり、さらには声をかけても空けてくれなかった場合には、イライラはさらにつのることになります。
こんなときには、次のような思考が頭の中を駆けめぐっているはずです。「大事な会議なのに、この人のせいで遅刻しそうだ。歩行側で立ち止まるなんて、何て無神経なんだ」
実はこの思考の中には、2つの問題が潜んでいます。1つ目は、歩行側では立ち止まらないのがマナーで、人はマナーを守るべきである、という考え。ここに、認知行動療法の項目で説明した「すべき思考」が入っていることに気づきましたでしょうか。
もう1つは、「この人のせいで......」という部分です。このように、それが人であっても何であっても、「○○のせいで......」という考え方をする場合、主体性を持っているのは○○の方で、自分はその被害者、ということになってしまいます。
被害的な意識にとどまる限り、イライラが解消されることはなく、自分が主体的になるように考え方を変更する必要があります。
そこで次のように考えたとしましょう。「ここで足止めは確かにきついな (1)。でも、そもそも自分が寝坊しなければエスカレーターを歩く必要もなかったわけだし (2)、きっとこの人はひどく疲 れているのかも知れない (3)」
このような考え方をした場合には、具体的にどのような対処をしているのかみてみましょう。
(2)では、自分が寝坊していなければ、「自分が期待している状態」は、例えばゆっくり音楽を聴きながらエスカレーターで立ち止まっている状態だったかも 知れない、という具合に、やはり自分を主体としながら「自分が期待している状態」が変わっていたかも知れないことを認識しています。
(3)では、起きている状況を自分なりに考えなおして、現状を許容範囲内に変更しています。これは、自分側をコントロールしている、ということになりますが、このようにコントロールの仕方は、相手や現実を変えることだけではありません。むしろ相手や現実がコントロールできることの方が少ないかと思います。
このように主体的に自分側をコントロールすることは、自分の枠組みを積極的に広げることにも繋がります。常に自分が主体的になりながら、期待状況やコントロールの範囲・枠組みをうまく変更する、という視点が重要です。蛇足ながら、エスカレーターの例はたとえ話であり、片側歩行を推奨するものではないことをお断りしておきます。法律でエスカレーターでの歩行が全面禁止になったら、このシチュエーションではもはやイライラしないでしょう(自分が期待する状況が変わるからですね)。
さて、人間関係は相手あってのものですから、ときにはどうしても相手に行動を変えてほしい場合もあるかと思います。その場合もしっかり「自分」を主語にしてお願いする、ということが大切ですが、かといって押しつけるような言い方をしてしまっては人間関係にひびが入ってしまうかも知れません。
次回は上手に自分の意見を伝えるための「アサーション」という方法をご紹介します。
>アサーションに学ぶコミュニケーション技法