子育てのイライラをコントロール

イライラ解消|サポート.com

親と子は別々の人生を生きている。子どもは自分の一部でも、作品でもない。

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我慢するしかないという思い込みがストレスに

人それぞれの価値観、基準があっていい。それは自然なことです。
ただし、それでもどこかの心無い人に「十分でない」と言われてしまうと、一気に自信をなくし、なんだかやりきれない気持ちになることもあるでしょう。
しかし、決して忘れてほしくないのは、わたし達には「選択肢がある」ということ。 世のなかには「変えられること」と「変えられないこと」があります。
 
ストレスの原因は、目の前のことが自分のキャパを超えている、自分の力では何も変えられないと思い込んでしまう無力感からきます。
「変えられないことだから自分が我慢するしかない」と、ストレスに思っていることは意外に多いもの。
周囲の人との摩擦、夕方の忙しい時間のやりくり、 子どものグズリへの対応など、どうしていいかわからなくなってしまうこともたくさんあるでしょう。 でも、本当に変えられないことなのか、もう一度考えてみてください。
よくよく考えてみてください。本当にそれらはすべて変えようがなく、自分には手の打ちようがないものなのか。
 
わたし達には「選択肢」があります! 周囲の人との距離感をどう取るかの選択、人の意見をどう受けとめるかの選択、仕事を持つ・家庭に入るという選択、子どもとのつきあい方、自分の怒り方・叱り方の 選択......。
すべてが自由自在とはいかなくても、必ずどこかに自分の心地いいポイントが見つけられるはずです。
少なくとも、自分にとって譲れないことが明確になれば、優先するものを守るためにそれ以外のことは受け入れられるものになるでしょう。
 

●子どもとの時間がほしいから仕事はしない
●自己実現したいから両立を頑張る
●金銭的な悩みから解消されたいから、好きではないけれど、この仕事をする

 
など、誰かの基準で生きることも、自分の望みを優先することも、自分で選べます。 あわせることがベストとは言えません。自分が必要以上に我慢したり、それによってストレスを抱えてしまうと、それもまた大きなイライラを誘発してしまいます。
のちに、「あの人のせいで......」という恨み節に変わってしまうことさえあります。つらくなったときには、「自分には選択肢がある」と思い出してください。
 

子どもの失敗は親の落ち度?

一方、自分の選択に自信を持てず、自分で自分にOKを出せずにいる人もいます。 その代わりに、他人から認めてもらうことで満たされたい思いが強く出ることがあります。
「他人から認めてもらいたい、だから結果を出そうと頑張る」という人です。大なり小なり誰にでもあるもので、多くの行動の動機にもなっています。
孤独を感じやすい子育てにおいてもモチベーションになるので、決して悪いものではありませんが、度を超して強い場合は、他の人の目が自分の評価基準になってしまうので、周囲との関係に必要以上に振り回されてしまうことがあります。 つまり、人の言動によって自分の感情が左右されやすいということです。
 
たとえば、夫が忙しくて子育てに無関心、お姑さんからダメ出しをされる、子どもが思うようにならないなど、いくつもの要因が重なって自信を失うというのは、よくあることです。
ここで家族が「大丈夫だよ、間違ってないよ」と言ってくれれば安心できるようなことも、その環境が整わないと、どうしても家族以外の誰かに、認められることを強く望んでしまいます。
そうすると、身近な園の先生や他のお母さんに「よくできる子ね」「上手に子育てしてるわね」といった褒め言葉をもらいたい......と思ってしまうかもしれません。
さらに他人から認められたい欲求が強くなると、いつもならできるはずのことを子どもが人前でしっかりできないと、自分が認められていないような錯覚から、いっそう子どもに苛立つようになってしまう......こともありえます。
 
また一方で、「子育て」を仕事感覚で取り組んでいる人のなかには、子育てに「達成感」を求めていることがあります。
子どもがいかにできるか、どこまでできるかが、自分の「成果」になってしまうということです。
でも子どもは親の所有物ではありませんし、大人と違ってまだ未完成なので、成長していくなかでのトラブルや失敗はつきものです。
たとえば、「友達と喧嘩して先生に呼び出された」「年長さんなのにおねしょしてしまった」などの子どものミスは、本来なら成長過程には必ずあることとして、冷静に自分の評価とは分けて、受けとめ、ここからどう改善していくか、親子でどう学んでいくべきか、を考えていくことができます。
ところが、お母さんが「子どもの立場」と「お母さんの立場」を混同してしまうとどうなるでしょう?
子どもの失敗は自分の落ち度ととらえてしまったり、さらには完璧な母でいたいがために「子どもに失敗してほしくない」という意識が強くなって、子どもの失敗によるストレスが一気にふくらみます。
 

親と子は別々の人生を生きている

さらに失敗が続くと、「この子のせいでわたしは謝ってばかり」「この子のせいでわたしはダメな母親として扱われる」というふうに、子どものミスが自分の評価とイコールになってしまい、自分に敗北感を与えた子どもへイライラが向いたり、先生や他のお母さんを非難するといったお門違いな方向にイライラが向きます。
ともすると、子どもを「自分の足をひっぱる存在」ととらえてしまうことも..... これでは、子どもの出来不出来に一喜一憂し、精神的に疲れてしまいます。 そうならないためにも、自分と子どもを同一化しない、子どもは自分の一部でも、作品でもない、子どものミスは自分の失敗ではないことを自覚しましょう。
 
子どもはいずれ巣立っていくもの。それが自然です。
親も子も別々の人格であり、それぞれの人生を生きていきます。
決して無責任とは違い、責任はあくまでも自分の手のなかにありながら、母親神話に縛られて自分の選択の基準が他の誰かの基準になってしまわないように、自分を大切にしたいもの。自分の価値観、基準は大切にしていいのです。
 
他人の評価によって、自分の子どもへ向かう感情が、不満になったり、満足に変わったりするということは、自分の感情のハンドルを他人に委ねていることになります。 それは、他人への依存が高いとも言えるのですが、「他人がどうあなたを評価するか」というのは、自分ではどうにもできないことです。 「誰からも嫌われずに、誰にも迷惑をかけずに生きていきたい」と思っても、すべての人から賞賛されるように立ち回る生き方は、不自由極まりないものですし、子どもにも負担が大きすぎます。
協調する、ということと、人にあわせて自分の喜びを見失う、ということは違います。自分の感情のハンドルはしっかりと自分で握りましょう。
 

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